
[ふしけんアーカイヴス:特別取材記]
カルマを消す霊的治療の医学博士
石井健之助
森田 健
頂上は一つ、未来への遺産
ここにインドにヒントを得て、人を助けている医学博士がいる。
そこは恵比寿駅から歩いて10分ほどのビルの7階、ドアを開けると待合い室。その奥が治療室になってはいるが、医療機器らしきものはまったくない。カーテンで仕切られたベットが8つあるだけだ。
この石井先生、もともとは鍼灸治療の研究をしていた人で、大学の経済学部を卒業し、そして東京衛生学園鍼灸科卒、東京教育大教育学部理療専攻卒などの肩書きを持ち、鍼灸療法の根底に流れている生命エネルギー「気」の新しい考え方を見つけ出し、医学部生理学教室で研究して学位を取った。
実は、私は先生の話を聞いているうちに、医学的立場から高次元の世界をきわめた人ではないかと思い始めた。
われわれは高次元をあらゆる登り口から頂上を極めようとしている。もしも頂上が一つだとすればどんなすそ野から登ったとしても同じところに着くはずだ。
私も今までは超気功エネルギーと霊を別々に取り扱ってきた。しかし、ここにきて、ふたつが合わさった理論が出てきたのだ。それも医療のサイドから、まさに実際の人間に当てはめることができる理論として。
もはやここにくると霊界があるとか、気功があるとかの世界ではない。われわれは本当に目を「不思議エネルギーの世界」そのものに向けなければならないと思う。
医療のサイドからの研究資料として、何としてもこれを未来に残す必要があると考え、私は無理にでも石井先生にその研究成果の公開をお願いした。
「無人化技術」という雑誌に載った先生の論文と私のインタビューを主に使い、まずは、できるだけ正確に先生の成果を伝えようと思う。
二重構造の世界
目で見えている宇宙は一つではなく、顕界と霊界と言って、見える世界と見えない世界とがいっしょになっている。つまり二重になっているのだ。霊界とは死んだ人がいくと言われている世界ではない。ここにあるのだ。二重構造になっているのだから、今の地球とか人間、物質を全部とりはずしてみると霊界、つまり見えない世界が残ることになる。
科学の世界ではマクロのものを見るには望遠鏡を使い、ミクロの世界を見るには電子顕微鏡を使ってきた。そして、この世界では目で見、五感で感じてきた。また10のマイナス何十乗mというかすみのかすみのかすみのようなものでも物質として現実に存在する。
この実数の世界とそれとはまったく逆の虚数の世界が天秤にかかり、バランスを取って常にいっしょにいるのだ。
これから石井先生の考え方を知る際、このことはぜひ頭のどこかに置いていただきたい。この二重構造という考え方がキーワードだからだ。さて、いよいよ先生の理論体系に入る。
「気」への気づき
石井先生のもとにIさんというリンパ腺腫(ガン)の患者がやってきた。彼女は睡眠も十分、偏食無し、陽気な人で精神的ストレスもないにも関わらずガンにおかされた。
西洋医学の病院へ行けば、「ガンは多少体質的なものであるから、外科手術で取るか、抗ガン剤で抑えるか、放射腺で焼くか等の治療法が必要」と言われるだろう。
ところが石井先生はこれを単純な生命エネルギー「気」によるものと推測している。気というと、気功師がエイッと気合いを入れてやる、あのパフォーマンスを思い出すが、石井先生はそれとは対象的に、非常に論理的、科学的である。さらに加えて霊的なのだ。
難病を治すには場当たり的に、単純に「治れ」と念じて気を送ってもだめなのだ。偶然にそこにいく可能性はあるにしてもだ。
人間の肉体は、生命エネルギーの気でできている霊体と共存しているという。
さらにこの霊体を研究していくと、最小単位である気が集まって、解剖学的に分類すると三系統の集団が形成されているという。
1つは紀元前の中国で発見された「経路」系統と言われ、肉体の皮膚に相当する部分が十四に区分され、その皮膚の中に潜り込んだ気の集団。
2つ目は石井先生が発見した「五体」(仮称)系統で(1)首から上の奥(2)前面胴の奥(3)後面胴の奥(4)腕の奥(5)足の奥に潜り込んだ五つの集団。
3つ目は同じく石井先生が言い出した「五根」(仮称)系統で(1)毛(2)目(3)歯(4)手の爪(5)足の爪の中に潜り込んだ気の集団。
そしてこの霊体がどのような気の時に最良かを研究してみると、「経路」は陰の気、「五体」も陰の気、「五根」は陽の気だそうだ。この状態にすると肉体側に感じている病状は消失するという。
Iさんをその状態に維持しておいたら、3ヶ月程度でリンパ腺腫は消失したのだ。
私は、気と言えばプラスの気としか頭になかったが、陽の気と陰の気に分類され、それがバランスをとれていないと病気になるという理論は初めてだった。
確かに、電気はプラスとマイナス、磁気はNとSで、一方だけで構成されるものを探すのは難しい。気だって、陽と陰に分かれることをもっと早くから仮定すべきだったと思う。
47才のリウマチで苦しむSさんは手の指の変形、手首の腫れ、足の変形が見られた。診察すると、経路では下唇中央の下部が強い陽の気になっており、五体においては後面胴の奥と腕の奥が陽の気になっており、五根では目と手と爪の中が陰の気になっていて、それを逆転させたら腫れも痛みもまったく無くなったと言う。
陰気と陽気の反発で診断
石井先生はこのように気を瞬間的に診断するが、この能力は生まれつきのものではなく、20年前に中国で発見した経路の中の穴(ツボ)を選択する診断法を書いた文献に出会ったからだと言う。
その文献によれば身体の穴の位置は、手首の両内側の位置に連動しているという。
石井先生は詳細なデータを取りながら、五年間も調べた。
その結果、手首の穴の微細な変化を指先でとらえようとすると、意識が仏像の眉間の上にある星(白亳・ビャクゴウ)のあたりに集まり、逆にそこに意識をもっていくと指先から気の中の陽気が多量に噴出するのが分かった。さらに陽気と陰気がぶつかると反発し、陽気と陽気では引き合うという、通常の磁気のSとNの関係とは反対の性質があることを知った。
この反発する性質を利用し患者の気の状態が診断できたのだ。ちょうどイルカが眉間から超音波を出し、魚群にぶつけアゴで受け、反発の程度を診断するのに似ているという。
逆に頭のてっぺんに意識を置くと、陰気を増幅させ、放出することができるため、相手の陽気をその反発力から調べることができる。
「死」から最良のエネルギー状態を導き出す
実は、三系統の気の状態で何が正しい状態かの仮説は、最初「死」の検証から生まれたという。
と言うのはエネルギー的に完全な人間はいないという説に基づく石井先生は、生きている最良の状態をどうやって探すかを考えた。その時、不幸にも死んでしまった瞬間の人間の状態を判定すると、バラバラだった気の状態がサッと一つになり、肉体を離れたと同時に経路が陽気に、五体が陽気に、五根が陰気になったのだ。
世の中がすべて対になっていると仮定すれば、生きている人間は死んだ状態の逆だと判断したのだ。このことを機に、人間は肉体と精神があるように、霊魂と霊体は対になっていることに気づく。
このような方法で糖尿病、少児喘息、潰瘍性大腸炎、精神病、ビルガー病、自律神経異常、心臓疾患と難病を次々に治してきた。
インドのチャクラに着目
ある日、アメリカにいるリウマチの友人を治せないかと写真を持ってきた人がいた。同じようにやると出来て、友人のリウマチは治ってしまった。これより遠隔治療も開始する。
しかし29才になるOさんはそうはいかなかった。彼女は結婚して妊娠したが、胎児が未だ1200グラム程度の時から尿から蛋白が出始めて入院した。病院の治療ではうまくいかず、彼女の母親から写真治療を依頼され、例のごとく経路を陽気に、五体を陰気に、五根を陰気にするという遠隔治療を行った。
しかし容体は悪くなる一方で、尿蛋白は7000を越え、そのうえ産道が開き、出産の状態になっているという。病院では胎児はもちろん、母体ももたないかも知れないという。
石井先生は遠隔で患者さんを何時間もチェックした。しかし陰気と陽気の状態にミスはない。それでも病状はどんどん悪化している。中国医学を基礎としたこのやり方も限界かと思ったとき、不思議なひらめきがあったという。
インドのヨガでは7つのチャクラがあると言われ、その一つであるのどの位置にあるチャクラに目覚めたとき、人を治すことができると言われたのを思いだしたのだ。石井先生はここではじめて中国とインドを結び付けたのだ。
陽気や陰気を調べる方法と同じく、のど仏に意識を置いてOさんを調べると、五身(仮称)である(1)首より上(2)胴体の前面(3)胴体の後面(4)腕(5)足の中の、足に反発するエネルギーを感じるが、他の四つは感じない。石井先生自身で調べてもOさんと同様に足に波動を感じる。
この新種のエネルギーは人体にとって存在したほうが良いのか悪いのか、その難題にぶつかった。その日は徹夜で自分自身に実験を繰り返し、エネルギーを無くすることに決定した。エネルギーを無くすとはこの地上の空間の状態にすることだ。そしてOさんの足から、このエネルギーを取り除いた。
奇跡か、翌日は蛋白が正常になり、女児を出産、現在も母子ともに健康だ。
これが契機となってインドヨガで重要視する宇宙的な生命力「プラーナ」(気)が出入りする「チャクラ」と「地上の空間の状態」を研究することになる。
インド仏教を研究する中で、釈迦の経文としての般若心経の中に「空にすることによって一切の苦しみやわざわいから解放される」という内容のことが書いてあるのを発見。「空」とは心のような形のないもの、反対は「色」で肉体のような形のあるものと後世の人は解釈しているらしい。
石井先生は「プラーナ」との関係で「空」も「色」も、陰気や陽気のようなエネルギーの総称と考え、「空」の場が地上の空間と考えるに至った。
頭部に意識を置いたとき「陰気」に関係しているが、これがインドではハスラーラ・チャクラと名称が付けられている。また眉間に意識を置くと、「陽気」に関係しているが、これはアジナ・チャクラと名付けられている。このふたつは中国もインドも同じものを発見している。
ところが「のど仏」に意識を置いたとき、新種のエネルギーを見いだしたが、これはビシュダ・チャクラという名称が付けられている。7つのチャクラのうち、3つまでが現実に利用できるとすると、残りの4つも可能性があると見た。
さて、それでは「空」との関係はどうなってくるか。
まず7種類のエネルギーが混ざりあった状態の場がこの宇宙に存在している。これは「色の場」と「空の場」が対立して存在していて、ちょうどプラスとマイナス、NとSといった具合だ。
般若心経には「是れ故に、空中には色もなく」と書かれている。言い替えると、この地上の場には「色の場」が存在していないことを示唆している。逆に言うと、われわれの空間には「空の場」の存在を教えている。肉体と霊体の二重構造になっている人間には、不思議なことに霊体側に「色の場」のエネルギーを多少持ち合わせている。
ある日、Tさんという女性が壁につたい歩きをして来た。明日結婚式に出るという彼女は膝を激しく打撲してしまったのだ。こんなケガは外科医にいくべきだと思うかも知れないが、7種類の気の中にある「色」の気を「空」に変えたら、たちまち腫れも痛みもひいたという。このような単純なケースを治す気の威力が複雑な病気も治すのだと言う。
無心でもなぜ病気になるか
石井先生の仏教サイドからの追求はさらに続く。
元々、大学の学長をしていた父親からたくさんの仏教の本を渡されていた石井先生は、それを現実離れしていると言うので本棚の隅にしまっておいたのだ。
それらを出してきて毎日読みふけった。
一般に宗教は心の世界の問題を取り扱っており、その中から石井先生は医学に関するものを抜き出し、どんどん吸収していく。
その中に「無」と「空」の違いを発見した。心の世界ではどちらかと言えば、「無心」であることを強調している。
ある日、Mちゃんという1才半なのに首が座らず、そのために感情表現に支障をきたした子が来た。病院では脳に異常あると推定するが、これといった治療法はないという。
石井先生はこの子のすべての気を「空」にしたら、やはり病気は治った。そのとき石井先生は思ったのだ。Mちゃんはもちろん子どもだから「無心」だったろうと。なのになぜ病気だったのかと。だから「無」と「空」は混同してはならないと言う。
手術を受けても治らない腰痛持ちのNさん、子宮筋腫の手術を受けても治らないHさん、いずれもエネルギーを空にすることで治った。医学はなぜ大切なことに気がつかないのかと石井先生は嘆きはじめた。
フランスとスペインの国境近くにルルドの泉というのがあり、難病を治すと言われているが、先生によると、この町の地上の空間が一般には有り得ないエネルギーの状態になっているのではないかと言う。つまり空間そのものが「色」の状態であるため、この空間にいる人間は霊体が「空」で周囲が「色」になるのだと言う。仏像の後ろに光輪がある。これが色というエネルギーで、これに包まれることによって、内側が「空」であることを示唆している。
生まれた瞬間にカルマはわかる
さて、出産のときに立ち会った石井先生は、大変なことに気づく。
それは胎児は母体内では陰の気も陽の気も持ち合わせていず、霊体がないのだ。
つまり胎児の時には「気」がないと言う。これはエコーを通して調べてみてもはっきりしていることだそうだ。赤ちゃんが産道を通っているときもこの状態は同じで、外気に触れたとたんに霊体が入り込み、気を感じる。実は、その時に入り込んだ気にはたいてい歪みがあり、その人の一生に付いていくという。お叱りを受けるかも知れないと前置きし、石井先生は、「両親というのは誰であるかは知らない霊体と霊魂を迎え入れる赤ちゃんという器(うつわ)を生むのだ」と言う。
外気にふれたとたんに気で出来た霊体が入り、そしてその瞬間、その赤ん坊の業(将来の病気になる悪いところ)を見ることができるという。それは、この赤ん坊に一生変わることなくついていくカルマなのだ。
釈迦が言っている輪廻転生とはこの業を説くためにこの世に生まれてくることで、あの世からまだ修行の足りない業を持った者のため、神は妊娠した人を探し、胎児が外界に出た瞬間を待ち業を入れる。そして、この世の80年間を修行させ、業ときにかかるのだ。
私はここで大きな疑問にぶつかった。業、言い替えればカルマとはこういうことだったのか? 一種のエネルギー状態だったのか?
私はカルマなど、大人にならなければ出てこないものだと思っていた。ましてや、生まれ出た瞬間に、立ち会った医者が(つまり第三者が)わかるようなものではないと思っていた。
さて、ではどこから霊魂や霊体の組成である気は入り込んでくるのだろうか。
60才になるTさんは顔面神経麻酔になった。まぶたが閉じないため、目の乾燥を防ぐ必要から涙が出る。唇の調整もきかないため、よだれも出る。
顔は身体を守るための衣服を付けていず、年中外の環境の変化にさらされて、元来丈夫にできているため、顔に関する病気は治りにくいという。
その通り、Tさんにはてこずった。
そこで石井先生は原点に返り、人間が生まれてくる状態を調べてみると、霊体と霊魂は栄養源でもある気の中のプラス型の「色」とマイナス型の「空」の場所と深く関わっていることがわかった。どんな人でも臍の部分から上段の「色と空」の混在した空間に「気でできた緒」が通じている。
この緒はどんなことをしても切ることのできない不思議なもので、肉体の死期を迎えようとしているとき、大変に緊張してくる。
そしてこの緒は霊体に付いているので、肉体から霊体を引き抜いたとき、すなわち共生を解いたとき心電図の動きは止まる。
考えてみると、母体内の胎児は蛋白質等の五大栄養素などを口からではなく緒から取り、生まれた時に緒の部の役割が終わり不要になったところに、霊体が結びつき、その緒を利用し、気を取り込むのではないか。
その考えに達した先生は、Tさんの気の緒の緊張をゆるめてやると、霊体が「空」、その外側が「色」の光輪につつまれ、数週間で完治したという。
われわれは霊体の胎児のままになっているのではないか。そして人生80年の寿命を終え、知恵やもろもろのものを霊体と霊魂に乗せて、あの世に霊体の「小児」として生まれるのではないかというのが先生の考えである。
仏像の指の形と気エネルギー
60才のSさんは舌癌および下顎に癌ができていた。病院に入院し、放射線治療と抗がん剤投与が行われたが、体力が落ちる一方で効果がでなかった。病院では延命のため、舌の半分の摘出手術と、下顎中央の切除しかないと判断を下したため、大変に悩み石井先生のところへ来たという。
先生は、霊体の臍の部分より天空に伸びている「霊体の臍の緒」と、それが行き着いた場所である気の色と空の混在した「霊体の胎盤」の緊張をゆるめにかかった。
この作業の中で、石井先生はまたも新らしい発見をすることになる。何かというと、先生自身がエネルギーを動かすためのポーズである。
先生は仏像の姿を見ていてそのことに気が付いた。
悟りを開かれた方々の中で、衆生の病苦を救うのが得意だった方に薬師如来がいる。薬師如来とか阿弥陀如来といわれる影の世界(霊界)の仏様を、この世に紹介したのはお釈迦様だと伝えられている。
古い時代のことだから、これらの仏様の本来の御姿やその霊力を想像し、多少でもその御力を借りるには、仏像に隠された謎を研究する必要があった。
いろいろな仏様の像を比べてみると、共通している部分は頭上がふくらんでいる点、眉間の上の星、半眼、そして耳たぶが大きいという点がある。
異なる点は、顔の形は当然だが、手の指の形である「印契」(いんけい)にそれぞれ特徴がある。石井先生がこの薬師如来像の「印契」の形をとると、「色」と「空」のエネルギーを激しく動かせることがわかった。
Sさんにこの方法でやってみたところ、癌もほぼ消失の状態になり、夜になればウィスキーの水割りを5〜6杯は飲めるようになったという。
石井先生はこの発見以来、患者さんを治すときは、必ず薬師如来像の「印契」の形をとっている。
半眼の秘密
さて、ある大学の医学部長の友人の医師が、肩こりがひどく、自覚的にも大変に具合が悪い状態であった。そこで医学部長に検査をしてくれるように依頼し、調べることになった。その結果、データ上は何1つ悪い個所がないと太鼓判を押されたという。ところがその2ヶ月後に狭心症でこの世を去った。
またある子供の母親は、病院の指示通りに定期検診を受けていた。しかし、突然にだいぶ悪い慢性腎炎であると告げられ、なぜ早期発見できなかったかで医師とのやりとりがあったという。このようなケースは医療の現場では多いらしい。
見方を変えれば、黒に近い灰色の時期が存在していたはずだ。それを見落とす原因は何か?
石井先生は、これは医師の個々人の判断ミスとは言えず、生命体をはぐくむ宇宙を見る視点に問題があるのではないかと言っている。言い換えると、宇宙観の範囲を広げなくてはならない時期に来ているのだと言う。
一般に「よく目を見開いてみよ」と言われるが、これはこの世の顕界(見える世界)の話であり、一般的に言うところの科学の世界である。では逆に見えない世界はどうやって見ればよいのだろうか。
それを感じ取る方法を修行されたのがヨガ行を研鑚されたお釈迦様であり、仏像にその謎が秘められているという。それがまさに「半眼」なのだと先生は言う。
仏像のまぶたは大変広く、はれぼったいことに気づく。まぶたの裏は眼球と対立したもので、眼球は顕界を見るのに適し、前者は影の世界を見るように作られているという。
半眼によってまぶたの裏のスクリーンを広げ、肉体の五官に類似したチャクラに意識を置くと、影のいろいろな側面が映し出される。
「心眼で見よ」とはこのことで、この霊体を包含する宇宙観こそが、現在不明な問題を解決する糸口になるのではないかと言っている。
生きようとしても死ぬのはなぜか
最近、健康ブームでありジョギング、水泳教室、自然食教室等がさかんである。例えば自然食にこり、玄米食を中心に塩分ひかえめ、繊維質、過食なしの生活をしている人でも癌で死ぬときはある。必死に努力し、自力本願で健康を維持しようとしたにもかかわらずだ。
なぜ自力本願にも限界があるのか?
それはやはり顕界だけに目を向けているからだと言う。
顕界と霊界は別々に存在する世界だと長い間言われてきた。しかし、石井先生が気を介して研究した結果、次のように解釈するのが最良と判断した。
顕界の「顕」は数値の1とか2とかの実数に類似した「把握できる世界」。それに対して、霊界の「霊」は数値の0(れい)に通じる。すなわち0とか−1、−2等の虚数に類似して、把握しづらい世界を意味している。
このことは顕界と霊界とは別々に存在するのではなく、共存しており、我々の住む世界は顕界であって霊界でもある。
そして「肉体と精神」と「霊体と霊魂」との共生関係にある人間は、肉体側が顕界にある、あらゆるエネルギーに依存し、霊体側は霊界に存在する「気」に依存している。
このような不思議な構図になった世界であるのに、「顕界」と「肉体と精神」の側面だけにスポットをあてて研究しても、限界が生じるのは当然のことである。
人間は苦しむために生まれてくるのか
小学校5年のMちゃんは夜尿症で、旅行や集団生活においても支障が起こるので、本人も両親も悩み、病院で長期にわたり治療を受けてきた。
病院では肉体における脳と膀胱との調節をする神経に原因があるだろうと説明していた。
ところで、原因とはどの程度のレベルまでを言うのだろうか。石井先生は、この例でも「調整する神経が原因」とするが、「調整する神経を狂わす原因は」と一歩踏み込んで考える必要があると言う。
このような「原因と縁」、すなわち何らかの原因があって夜尿症という病気との縁が起こる。このような関係を仏教では「因縁」という。
石井先生がその原因を霊体の気の歪みと仮定して、霊体内をマイナス型の「空」の気に、外側をプラス型の「色」の気にすると、まもなく症状は消失した。
この結果からすると原因は霊体の気にあったと想像できる。
このような森羅万象における因縁の原理をこの世に紹介したのが釈迦である。そのため「因縁を知ることは仏教を知ることだ」と言えるが、釈迦は仏教を信ぜよとは言っていない。「因縁の法則を信ぜよ」と。
しかし一般的に考えると因縁というようなものは無限にある。ところがこの無限大に見える因縁の中に3つの法則を見出したのが釈迦である。釈迦が悟りを開かれたことを(仏陀になられたことを)中道を知ったという。
一般的に宗教家は、人間の心の中に物欲的な「煩悩(ぼんのう)」と、慈悲的な「仏性」という相反する性質があり、そしてどちらかというと、煩悩性が強い。そこで修行によって仏性面を広げ、どちらにも片寄らない「中庸の心」に釈迦が立つことができたことを中道を知ったと解釈している。
しかし石井先生は、この中道について、別な解釈をする。
顕界と霊界の境界線である中央の道(中道)に立つこと、言い替えると棺桶に足を突っ込んだ状態、すなわち臨死体験の状態にいく度も立った時、釈迦は何を見たか。釈迦は顕界と霊界との間に不思議な因縁の法則を見てとったのではないかと言っている。
その一つが輪廻転生といわれ、霊魂は不滅で生まれ変わり、死に変わりを繰り返すこと。
二つ目が因果応報といわれるもので、この世で行ったいろいろな行為が死とともに無くなるのではなく結果として残る。
三つ目が供養をすることによって死者の霊魂を高い方へ引き上げられること。
この壮大な関係の中にできあがる大因縁の中に、私たち個々の「良き縁」、またMちゃんのような「悪しき因縁」が含まれ隠されているのではないかと。
当時大学生だったT君はデパートのアルバイト中に、商品に包装をしようとすると手がこわばり、震えがくる。またろれつがまわらなくなる。
大学病院に行ってみると、国が指定する難病のウイルソン氏病と診断された。
病状が悪化しはじめ、エレベータのボタンを押そうとすると、全身がゆれエレベータが振動するほどになった。また眼球に銅がたまり、猫の目と同じように夜中に目が光るという不思議な症状となった。
大学病院では珍しい病気のため、入れかわりたちかわり医学生に見せるので、本人はうんざりしていた。たまたま縁があり、彼を治療した石井先生は、気のおかげをもって治すことができ、彼は大学を卒業し、社会人になっているという。
しかし、治療を始めた当初、不安におののくT君は、「生まれてこなかったらこんなに苦しいことはなかったのに。先生、人間は何のために生まれてくるのでしょうか?」と石井先生を当惑させたという。
われわれは生まれてこのかた、楽しいことと苦しいことのどちらかに比重があるだろうか? この質問に、たいていの人は苦しいことと答えるだろう。
実は、この問題について、石井先生は面白い研究をした。
上野動物園に行って、霊体の進化を調べたのだ。
調べかたはチャクラの気の状態である。
鳥類は7つの気がすべて「色」だった。ただし、ペンギンとダチョウは一つ「空」だった。
哺乳類は、カバ、カンガルーは一つが「空」で残りの6個は「色」。猫、馬、パンダは二つが「空」。犬、サルは三つが「空」。
それでは人間は? 一般の人は四つが「空」だったのだ。
つまり霊体の進化は「空」の数を増やすことにあると結論づけたのだ。つまりこの世は、それを達成するための修行の場であると。
ところでこれを知った石井先生は、自分の家で飼っていたシュナイザー犬が癌になったとき、すべてを「空」にしたら治ってしまったという。気の法則はあらゆる生き物に適用できるのだ。
さて、人間でも元々「空」の数が多い人がいるという。ユリゲラーは6つが「空」、細川前総理とダライラマ、さらに金さん銀さん、さらに天皇陛下は7つのすべてが「空」だと言う。
しかし、存命の宇宙飛行士は、そのすべての状態が逆転しているという。もしかすると神は、人間の宇宙進出には賛成していないのではないかと言う。
安住の地へ行くためには
ある大学病院長の姪のKさん56才は、金縛りがちょくちょく起こる。またご主人が大暴れする時があるといい、その大暴れしたときに夢枕に立った男のひとがいたのだ。それを気にしたKさんは、古いアルバムを持って石井先生のところを訪れた。
「先生、この中に成仏できずに、私に救いを求めている人がいますか?」と言って。
気を介してみると、ご主人の母方の祖父が霊界では下方に位置し、気の波動を感じるという。
石井先生が「成仏するようにしてあげましょう」というと、自分でしたいといい、地方のお寺に立てこもり、「たき行道」を行い、再び写真を持って現れた。
調べると、霊体は霊界における位置を上方に移動していたという。
それ以来この女性の金縛りは止まり、ご主人の荒れも止まった。
われわれは人生80年をまっとうして霊体と霊魂だけになったとき、いったい安住の地にいけるのだろうか。それはどういう法則になっているのか?
調べた結果、自殺してしまった人は、10人中、10人が下方(地獄界)に波動を感じるという。
では極楽浄土に行くにはどうすればよいか。
これは霊的成長、すなわち現世において7つの気をマイナス型の「空」に近づけることだという。その方法は次による。
人は相反する煩悩と仏性とが常に葛藤状態にあるが、それをさらに仏性を広げさせて葛藤を強めると、自勢的に「空」に近づくと言う。つまり中和させなさいと言うのだ。決して煩悩を「無」にするのではない。
天上界へなぜ上れない
石井先生も気を研究する前は、霊体の存在に多少の疑問を持っていたという。
しかし、気を研究するようになって、ある供養に参加した時のことだ。僧正さまがお経を読む前の仏壇には気が感じられない。お経が始まると次から次へと霊体の気を感じるようになる。そして仏壇は霊体の組織である気で満ち溢れ、石井先生の指先の気と感応して痛いほどにピリピリとする。やがてお経が終わるとすーっと去っていく。
また霊園に行くと、家族でお墓参りしている姿があるが、そのとき墓石の上に気の波動を感じる。家族の来ていない墓石には感じないという。
こんなに自在に飛び回れるなら、どうして自分で天上界へと飛んでいかないのだろうと疑問に思った先生は、霊界のエネルギー状態を調べた。
ところで、人は死んだ瞬間に7つの気がすべて「色」になると言う。その霊体が天上界へと上がっていくと、周囲は「空」なのだ。逆に地獄界へ行った場合には、周囲は「色」になる。
その状態は霊自身がどんなに飛び回っても変わらないという。
供養の目的は、この霊の環境を「空」の状態に近づけることだという。
さて、その方法である。
先生の知っている教師で霊的進化をせずに自殺してしまった人がいた。その魂の上昇のために研究をした。
まず、1本の棒磁石を想像する。その中央には磁気を感じない。しかしその部分を切り離すとそこには反対側の磁気が現れる。すなわち磁気があるのに隠れていたのだ。
気も磁気と似た性質があり、「半眼にして座禅を組み、後方に自分がいる感じ」を作ると、棒磁石の中央と同じに気が隠れる。その状態で亡き人を思い浮かべ、チャクラより息を吐く感じを作ると気が動き、繰り返すことによって徐々に霊体上昇が起こるという。
最新バランス医学
最近になって先生は気のむらをなくす新しい考え方にたったという。
それは人間の病気には8種類の病根しかないということだ。致命的な病気とされるガンやリウマチ、腰痛など個々のものはこの際一切関係ない。一個人の持っている病根は2種類だけで、あとの6種類は正常なのだという。すなわち一種類が気が多く、一種類が気が少ない。それが上歯中央二本の表側と裏側を支点にして異常になっているという。
この異常なバランスを上歯中央二本を中心にバランスをとり正常にするとその人の病気は驚くほど消えるという。
その8種類の病根とは
1. 手の爪 ・・・・・・ 足の爪
2. 手のひら ・・・・・ 足のうら
3. 手の甲 ・・・・・・ 足の甲
4. 前腕 ・・・・・・ 下肢
5. 上腕 ・・・・・・ 大腿
6. 殿部 ・・・・・・・ 顔・頭
7. 陰部 ・・・・・・・ 首
8. 下腹部 ・・・・・・ 上腹部・胸郭
そして、この二種類の気の量の違いがすべての病気の原因なのである。
死闘の日々
石井先生はこのような治療法に簡単に到達したわけではない。
生命エネルギーである気はおそろしいほどのパワーを秘めているという。そのための操作をする際に、たくさんの壁があった。はてしなく存在する問題を1つ1つ解決し、どのような方法が正しいかを決定しなければならなかった。
しかしそれを患者さん相手に直接実験するわけにはいかない。やはり先生自身に試して、一定の期間における結果を待って善し悪しを判断するしか方法はなかった。そのために、血尿、血便、めまい、痛み、腫れ等々があり、どんな方法が正しいかの捜索は壮絶をきわめたという。
先生が研究をしている時、エネルギーというものがわからずに悩んでいたら、ある日仏様が現れた。仏像は先生に「−」(空)のエネルギーと「+」(色)のエネルギーを教えてくれた。さらにエネルギーをしっかり診断できる大型の仏様が現れ、それでこの宇宙全体が見分けられるようになったと言う。この仏様と石井先生が一緒になってからは全部のエネルギーが見えるようになったのだ。
これは患者さんが助けを求めにきた時、先生も身を捨ててその患者さんを救おうとした、そんな精神状態になった時、この仏様たちが現れこの現象を見せてくれたのかもしれない。またこれが医療家に必要な霊界の姿のように思われるという。
これは一つの悟りの境地なのではないかと思う。
仏様を先生から一端はずしてみると、まわりが「+」で、中が「−」のエネルギーになってしまう。これでは人を治すことはできない。和合するということは中も外もまったくの「±0」状態になることで、神人一体によって、治療が楽にできるようになるのである。
神人一体ができるようになると霊体の乗り移り現象が起こる。その人をイメージするとその人が先生の体に入ってしまうのだ。それは何人でも抱えることができ、そのことにより遠隔治療もできるようになったのだ。
現代医学では実の世界でしかものを見ていない。これでは片手落ちであり、実の世界と虚の世界をいっしょに研究しないと解決できないものがたくさんあるのだ。
今の医学が一番困っていることは、「生まれながらの体質」(言い方を変えればカルマ)というもので、これが絶対にわからないでいる。これも宇宙創造の根幹をなすエネルギーが人体に深く関わっており、それが人の病気をも左右しているものと考えられる。
石井先生考案のバランス医学では、生まれでた瞬間に持ち合わせた病根を取り除くとその人は健康体を取り戻すことができる。
石井先生は医学の立場からカルマに真っ向から取り組んだ初めての人ではないかと思う。アガスティアの館でカルマ消しの為に10000円払った人は、本当に石井先生が言うところのカルマが消えたのだろうか?
サイババもカルマを消せると言う。しかし彼は神の化身だと自ら宣言している。先生の場合にはどうなのだろうか?
先生は言う。「私は神がかっているわけでもなく、宗教家でもない。ただ職業が人を治す立場にある限り、最大の努力をはらうのは当然の義務である」と。
そしてつきつめた高い次元から観た時、生命エネルギー「気」は我々が五官で見ている顕界とは別の世界、すなわち見ることのできない影の世界というか、霊界の組成であり、そしてエネルギーであって、この「気」を中心にすえて研究した結果、お釈迦様の理念に一致し、応用出来ることを知っただけである。
歴史をみると「キリストの復活」「釈迦の輪廻転生」そして魂が再びこの世に帰って来る時のための「ミイラ」作りなど、古き時代の人々がこの世ともうひとつの世界との交流を信じ努力し後世に伝え残してきたことに対し、一笑にふしたり、無視またはただ単に実証できないから否定するという手順ではなく、多少は耳を傾け、どういう方法でそれを立証していけばよいかと考え実行する科学者が必要である。
その突破口としては、この「気」を研究することと、科学では光(300Km/sec)より早いものはないことになっており、それを尺度に物のいろいろな側面を決めている。
しかし「想像力(イメージ)」は光より早い、たとえば太陽の光は距離から計算すると8分前に出た光を見ている。ところが誰でも「太陽は?」と質問すると瞬時にマブタの裏に現れる。
すなわち時間や距離(空間)を超越している、これが「霊界」と「気」とに深く関わりあっている。
また「気」を従来の科学の実証的な手法で証明しようとすれば失敗すると言う。
これは音楽家のようなセンスを持って「気」に接し、その持つ波動の性質を身体で読みとり、動かすという訓練によって知る世界だからである。その点からすると、先生は「気の調律師」と言える。
とうとう私のカルマを消してしまった
私は先生の治療を受けてみたくなり、まず診察をしてもらった。
その結果、手の爪と足の爪の一種類が気の不足で手のひらと足の裏が気の過剰というアンバランスになっていることがわかった。「あなたがガンになろうが何になろうがこのアンバランスを整えることが最良である」ということだった。
先生は私が現在は何の症状も持たなくとも、やがてこのアンバランスの部分がいろいろな病を誘発したり、原因ともなるという。
ただ不思議なことはこれらのアンバランスは森田さんが母親の産道からでた瞬間に現れたという。これがあなたの持って生まれたカルマだと言われた。
私はベットに横になり、リラックスしていると先生の治療が始まった。治療と言ってもベットの頭側に先生は座る。先生の手のひらは患者の方を向かず、自分の方に向いている。そして半眼にして私の霊体と一体となって上歯二本の表側で足の気を引き上げ、手の爪の方へ流し、また上歯二本の裏側で手のひらの気を引き上げ足の裏へ流しながら、この両者が合流する上歯二本の歯肉部でコントロールして中和させていくのだ。そしてその時、この気のアンバランスが作り上げた脳の芯のガチガチに堅い部分を中和した気で溶かしにかかるという。
今の医学では脳は簡単にはさわることはできない、だからこういう治療法は必要なんだという。
ただし、この堅い部分が溶けない限り、気のアンバランスは続くという。
10分ほど横になっているうちに頭の芯で何かがゆっくり動くような感じがしてきた。それと同時に腕と足に軽いしびれが出てきた。さらに横になること20分。このガチガチの脳が溶け出すと楽になるよと言われた。
このバランスを整えるために石井先生はまったくエネルギーを持たない、ゼロの状態にならなくてはいけないと言う。人を治そうとする時はゼロという人間に変身するのだ。
一本の棒磁石があるとする。左がN、右がSとすると真ん中はNでもなく、Sでもない状態になる。しかし、この棒磁石を真ん中で2つに分けるとその分かれたところはSとNに変身する。この棒磁石の真ん中のようにエネルギーはゼロの状態を保っているが、実はたくさんのエネルギーを持っている。あるのにないふりをする人間に変身する。これが治療している時の石井先生なのである。
言い替えると肉体と共生している霊体の組成である7つのチャクラに秘められた「7つの気」がプラスの時を色とし、マイナスの時を空と想定すると、この色(+)と空(ー)が棒磁石の中間部分のように両者のエネルギーが存在しているのに無いように見せかける状態を仮に「±0」といっておこう。この状態になれば人を治すのは容易になり、ここに至る方法は霊界の世界の仏様と大いに関係があるそうだ。
ところで、私は石井先生を取材で訪れる際、毎回治療をしてもらった(但し初診料7000円、治療費4000円)。からだには別に異常はないが、やってもらうと余りに気持ちが良いのだ。4、5回やってもらった時だろうか、私は石井先生に何気なく聞いた。
「これって、カルマも消えてしまったのでしょうか?」
「もちろんですよ。森田さんのエネルギー状態は理想的なバランスになってしまいましたから、生まれながらに持っていたカルマは消えています。だから森田さんは極楽浄土へ行けますよ」
「・・・・」
私はしばらく考えてこんでしまった。前に述べように私はカルマを消したいとは思わない。それを消してしまったと言う。
「カルマはこうやって消しても良いのでしょうか?」
との質問に
「この出合いだって森田さんが作りだしたものです。だから森田さんが考えているように受け身的に消してしまったわけではないのです」
と言った。
ちょっと考えていると
「元に戻しましょうか?」
と先生は言う。私は、
「取り合えずこのままにしておいて下さい」
と答えておいた。
目の前で肝臓がむくむくと動いた
私の友人のお子さん(中学生)が重病にかかっていたので石井先生を紹介した。病気の名前は大因縁のコーナーで出てきたウイルソン氏病だ。
先天的に銅が代謝できない病気で銅が肝臓や神経、脳にたまっていくのだ。10歳くらいで病気が表面化し、歩行できなくなったり、しゃべれなくなったり、激症肝炎になったりする。そのお子さんの場合は、肝臓にかなりの銅がたまっているので肝硬変をおこしていた。そのために脾臓がはれて血小板が4万程しかない(正常値は30万〜12万)。だからすぐあざが出来てしまったり、頭を強く打ったりすると脳内出血の心配もある。
石井先生のところに初めて行った時のことをお母さんに聞いてみた。
お母さんは行く道々、「とにかく信じなきゃダメなんだから」と言い聞かせていたのだけれどその時は、「俺、もう信じられないよ。薬飲んで普通の生活が送れるならそれでもういいよ。」と言っていた。しかし石井先生に会った瞬間「お母さん、この先生の気はすごいよ」に変わった。。
そしていよいよベッドに仰向けになって寝て、先生の治療を受けた。
治療といっても先生は頭側の丸イスに腰をかけて自分の体の前で何か手を動かしているだけなのだ。先生のことをあまりジロジロ見ていては悪いと思ったお母さんが彼の体をジッと見ていると、外からもそれとわかるくらいに腫れている肝臓がムクムクと何度か動くのがはっきり見えたそうだ。
また、初めお腹の上で軽く組んでいた手が意思ではなく、まるで「気」が、そこには手があると邪魔だから退かせたという感じで体の横に落ちたのが見えたという。そして、彼自身も肝臓が動くのをはっきり感じたと言い、治療が終わったあと、病院の入院生活で寝ているのにはもう飽き飽きとしていたはずなのに、「ああ、もう俺あんまり気持ちよすぎて今起き上がれって言われても起きれねぇよ」と言ったこと。
そして、帰りのタクシーの中で「あの先生のことなら俺、信じられるよ」と、はっきり言ったのだそうだ。ウイルソン氏病というのは、医学では対症療法しかないので、治してくれるとしたら石井先生のような先生しかいないと思っている。石井先生の治療のあと、体の外からわかる肝臓と脾臓の腫れが確かに小さくなっている。写真で遠隔治療も可能だということだけれど、やっぱり実際にあってやってもらった方が良いと思うので、何度か通ってみようと思っていると言っていた。
その半年後、彼は中学三年生の二学期を一度も休まずに学校へ行き、高校にも合格し、普通の生活に戻ったことを確認している。
※[ふしけんアーカイヴス]内のコンテンツはその多くが1990年代に記述され、提供時のままの内容で保存・公開されています。現在においても内容が正確であるという保証はありません。
また当時は有効であったURLが、現在は存在しないサイトやページにリンクしているかもしれないことにご注意下さい。
戻る
©1996-2007 不思議研究所 Fushigi Kenkyujo All rights reserved.
当サイトに掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します